おもしろき こともなき世を おもしろく

  1. 粋華志義
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出逢い2

ところで、海外で日本人に逢うとする、定番な質問。
「日本は、どちらですか?」

「どちら?ボクは地球を住み家としてんねん。だからどこからとかないねん。」
時々、こんな面倒臭い人もいますが、こういった人を乗り越えて、 私は、ある人を探していたかも知れません・・・ そして、初めてその人に出逢い、私の目は一気に輝きました。

「高知県です」

わお。 イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の聖地はエルサレムですが、 武士道の聖地は高知県です。 高知の土佐清水市、と言う。 聞くところによると、土佐弁の「~ぜよ」「~きに」などは 特に城下町(高知市)の言葉だそうで、この人は使わないらしい。 う~ん。聞きたかったなぁ、本場の。

加えて、 この人は150年前に土佐の人が日本にどれだけの働きをしたか、 あまり興味がないらしい。 う~ん。う~ん。 でも、一つだけ私の話に乗ってきてくれました。 土佐清水。

そう、ここはあの中濱万次郎(ジョン万次郎)の出身地。 彼が生まれていなければ、 日本の歴史は微妙に変わっていたのかも知れません。 はい、そこで今日の その時歴史は回天した は この奇跡の男に照準を合わせていきます。

文政10年1月1月(1827年1月27日)、 現在の高知県土佐清水市中浜の貧しい漁師の次男に生まれました。 14歳になる1841年、漁師の手伝いで海に出てそのまま遭難し、 6日後、なんと奇跡的にも無人島・鳥島に仲間と共に漂着。

ここで、143日間生活。

その143日後のその日、 偶然通りかかったアメリカの捕鯨船ジョン・ハラウンド号に助けられ、 まず寄港先のハワイに到着。 当時の日本は鎖国だったため、全員ハワイで降ろされることになったが、 中濱万次郎だけは引き続きの航海を強く希望、 船長にも気に入られていた為かその望み通りになります。 因みに鎖国中の日本では、 日本を出ることは国禁とされ、死刑は確実でした。

アメリカでは英語、数学、測量、航海術、造船技術などを学び、 やがて船員達の投票により副船長に選ばれます。 万次郎はアメリカの民主主義を目の当たりにすることになる。 世界の各地を航海した万次郎は、その後船を購入しハワイに寄港、 元の仲間と再会し、1851年、共に日本へ帰国を果たす。

実に幕末の動乱が始まる黒船来航の2年前のことであります。 その異例の経歴と黒船来航という時世がマッチし、 幕府に召抱えられ、 貧しい漁師の息子から幕府直参の旗本という前代未聞の出世を果たす。 この際、生まれ故郷の地名をとって「中浜」の姓が授けられました。

しかし中浜万次郎は12年もの期間の間に、 なんと日本語を忘れてしまっていた。 そこで土佐藩は蘭学に詳しい絵師・河田小龍を起用、 オランダ語が解る河田小龍は、 片言英語しか解らない万次郎に日本語を思い出させ、 逆に河田小龍はアメリカ事情に驚く。 特に 合衆国の殿様(大統領)は世襲ではなく入れ札(選挙)によって選ばれる という事であり、さすがにこの時ばかりは万次郎の話を疑ったといいます。

そしてこの河田小龍は1854年、坂本龍馬の弟子入りを許しています。 坂本龍馬の世界観は、勝海舟の前に、 河田小龍を通して中濱万次郎からはじめ影響されたものであります。 ちなみに、「~であります」は長州弁であります。

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