粋華志義

坂本龍馬の偉業のひとつ

 龍「止めい、とは言えぬな」



菅「それは言えぬ」



菅「なるほど竜馬、おンしは社中の頭じゃ。
社中の一員であるわれわれは何事もおンしに相談せねばならぬ。
おンしの下知を受けねばならぬ。
しかしこれは社中の仕事ではない」


龍「これはとは後藤殺しのことか」


菅「左様。後藤殺しは、
われらが盟友である武市をはじめ野根山で死んだ二十三人の

  仇を討つということじゃ。
われらが私事である。おンしに止める資格はないことぞ」



龍「そうだな」



龍「やりたければやったらいいだろう。

  おれはこの件については理屈りせぬ(議論はせぬ)」



菅「さればそこを退け」

龍「おれは理屈りはせぬがな、しかし」





龍「他日、後藤に、会うぜ



菅「なんだと?」



龍「おれが後藤に会うまで、後藤を生かしておいてくれたほうが、

  おれにとっても社中にとっても日本にとっても好都合だ」



菅「えっ?」


龍「後藤が武市の仇ということはおれにもわかる。

  それはそれ、天下の大事は大事











【中略】










龍「きょうは武市の仇をとくと見た。

  士道の手前、斬って捨つべき相手ではあるが、

  話すうちに相手の人物のおもしろさにつりこまれて

  斬ることをわすれた」



菅「後藤象二郎は武市半平太の仇であるぞ」



龍「あぎ(あご・武市の異名)にはいずれおれは冥土であやまる。

  仇のことはいうな」



菅「しかし武市を後藤が殺した、という冷厳な事実はおおうべくもないわい」


龍「覚兵衛、それは当方の言いぶんじゃ。

  後藤は後藤で、われらをおじの吉田東洋の仇と思うちょる。

  いや、そういう立場にある」



菅「吉田東洋は佐幕の奸物じゃ」


龍「先方は先方で、いろいろ言える。

  双方がたがいに仇かたきと言い蔓っては、

  水戸の党禍の二ノ舞になるばかりじゃ




龍「後藤が、くだらぬ男なら武市の仇として斬ってもいい。

  しかし、

  あれはいまの天下の混乱をおさめるのに

  一役振らねばならぬ役者だ。

  芝居がはじまろうとしているのに、役者を殺してはどうにもならぬ」



菅「どんな男だ」


龍「土佐にもあんなやつがいるとは思わなんだな」


菅「つまり?」


龍「偉いやつさ」


菅「どうえらいのだ」



龍「あいつにとっては

  この坂本竜馬はおじの仇の片割れといっていい。

  しかしあの男は、

  あれだけの長い酒の座で、ひとことも過去を語らなんだ。

  ただ将来のみを語った。

  これは人物でなければできない境地だ」



菅「それだけか」


龍「いま一つある。おれとの対話のなかで、半分おれに話柄を与え、

  半分自分に話柄をひきつけてしかもおれにひきずられない。


  こういう芸ができる男は、天下の事がなせるとみたが、

  覚兵衛はそう思わぬか」







上記は司馬遼太郎氏の世界とは言え、
坂本龍馬と後藤象二郎は1867年、たしかに長崎で会談をしている。


そしてその数ヵ月後の本日、坂本龍馬の誕生日にして、
命日(共に旧暦)。