龍:「幕と薩と長によって三分されている。
他の藩などは見物席で声をひそめちょるだけで、
存在せぬのもおなじですらい」
龍:「その三者のうちの長のみが、
よわり目にたたり目で、さんざんなめに遭っちょる。
気息えんえん、
路傍に血をながして倒れちょる剣客とおなじですらい。
それを」
龍:「薩は、幕と組んで、棒をあげて打って打って打ちまくってきた」
西:「いや」
龍:「わかっちょる。物のたとえです。
路傍の長べえも打たれてばかりは居よらん。
ぐるりと取りまいちょる日本人のなかから、
有志じゃ有志じゃと叫びながら
飛びだしてくる諸藩の浪士の助太刀を借り、
死力をふるって立ちあがり、
剣を舞わしてとびかかって来ようとする。
斬りかかれば薩人も
武士の意地じゃというわけで剣をふるって闘争する。
それをじっと見ちょる者がある」
西:「異国でごわすな」
龍:「三者が闘争してたがいに弱まるのを待ち、
異国人どもは日本領土を食らいあげてしまおうとする。
そうなれば
将軍も薩も長もごった汁になって異人の胃の腑にはいる。
そうなれば後世、
薩長をもって国をあやまったる賊徒としてあつかうでござろう」
西:「されば、幕は?」
龍:「幕は、これはどうにもならぬ。うわさでは幕府のさる高官が、
フランスからばく大な金と銃器を借り、それをもって長州を討つ、
というはなれわざを考えているらしい。
徳川家一軒をまもるために
日本をフランスに売りわたそうとしている。
薩摩藩はそれでもなお幕府と手を組みなさるか」
以上、坂本龍馬と西郷隆盛の会話。
「司馬遼太郎著“竜馬がゆく”より抜粋」
彼が仮にいなかった場合、日本人は今、日本語を喋っていたのだろうか。