粋華志義

真の国際人に必要なたったひとつの条件

近年、国際人という言葉を耳にする。グローバルというカタカナが流行り出したのはもう15年前にも遡るが、未だそれに関する国際人を、誤解を恐れずにいえばかんちがいしている人が中にはいる。

2674年前に日本国が誕生して以来、初めての日本での国際人は坂本龍馬であると思っている。当時の封建社会、もっといえば差別の激しい土佐藩の郷士に生まれた反発から生まれたエネルギーとはいえ、それにしてもあの環境で万国公法をもって彼の思想の1つとしたことは、ある意味ぶっ飛んでいる。

海外に行き来しているからといって、もしくは海外に住んでいるからといってその人が国際人とは限らない。また、どこかの辞書にあるように、海外で活躍しているからといって、その人が国際人とは限らない。一見、活躍できてるということは、国際人だから活躍できるんじゃないか?とも思えるが、企業の看板を借りれば活躍はできるから、必ずしもその人個人が国際人であるということとは限らない。

もっといえば、昔の日本の活躍を傘に借りて海外現地で威張る人、発展途上国または後進国現地の国民を意識無意識は別として下に見てしまう人、現地の言葉を学ぼうとしない人、海外に来てまで日本人としかつるまない人、こういった人達はいくらその地で活躍していたとしても、国際人というには該当しないと思われる。

では、真の国際人とは、どういう人なのか?それは今のところ、「国際基準を以て考え、行動できる人」といえる。これこそが、真の国際人たる人のたった1つの条件なのだと思う。

口では簡単に言えるが、これは簡単なことでは、ない。たった1つの条件といっておきながら、この国際基準を知るというのは、自国のこともしらなければならないし、海外のその国のことも知らなければならない。自分の国はどういった歴史を踏まえて、自分はどこからきた何者なのか?要はアイデンティティーというものがまず必要である。また自分を知ったら当然相手の国民性や伝統、慣習を知り、その郷に従わねばならず、その上での国際基準なのであり、これを兼ね備えている人がその基準に則って行動できる人がはじめて真の国際人、と言えようと考えるのです。

真の国際人を目指してます。