筒井順慶が父、筒井 順昭。
其の老臣、島 左近。
――われもし死せば、松永大和を侵し、わが家を奪らんこと必定であろう。されば、わが死後三年は、ふかく喪を秘すべし。
といい、
――奈良に盲人あり。
――名を黙阿弥という。
島らは、主人がなにをいいだすのかと思って、かたずをのんだ。
――常にわれに伺候し、容貌、音声、われに酷似せり。・・・・・・左近。
はっ、と島は、進み出た。
――そちは、慧い。ここまで言えば、わしの方籌がわかったであろう。
――御心中、隈なく承りましてござりまする。
順昭の死後、左近たちは、黙阿弥を順昭に仕立て、三年、病床に臥せさせておいた。
故順昭は「三年」といったが、味方でさえ黙阿弥を主君と思いこむようになったため、喪を発したのはなんと永禄三年、足かけ十年目である。この間、盲人の黙阿弥は、ずっと病床にいた。
その後、筒井家では黙阿弥の功労を謝し、多くの金品をあたえ、故郷に帰した。つまり「もとの黙阿弥になった」という日本のふるい成語は、この故事から出たものだ。