「言い給え」
と、永井尚志は小さくいった。なお警戒を解かぬ様子だった。
(俗吏め)
竜馬は思った。このように城壁を構えられては、互いの胸中が交流しあわない。あるいは自分の態度や言い方がわるかったかとも思い、
「こまったな」
としんから当惑した表情でつぶやいた。永井尚志はしばらくだまっていたが、やがて、
「なにがかね」
と、問うた。竜馬は自分のもっているかぎりの演技で明るく笑い、
「いかがでありましょう。幸いこの建物の名は閬風亭でござる。そこに池がある。あれは瑤池(玉を溶かした池)のつもりでありましょう。閬風瑤池とは仙人の住む山里のことだときいています。さればここでむかいあっているのは、大公儀の顕官でもなく、土佐うまれの浪人でもない。下界の人間ではなく、天界の仙人としてこんにちの日本の課題を話しあってみては」
「仙人かね」
「自然、下界に対して責任はない。なにをいおうと勝手です」
「言い給え」
永井は、竜馬のせっかくの趣向に乗ってやった。
「さて黒仙人としてはですな」
竜馬はいった。色が黒いから、そんな風に自分を名づけた。とすれば永井は白仙人ということになるだろう。