粋華志義

【人間力第88回】一日一善

はじめは1年計画だったこの連載、もう少しだけ続きます。。。
第一章にも善い行いに関する事を少し記載した。善い行いをするという事は間接的ではあるが、自己啓発のひとつだと考える。間接的であるとはいえ、これがもたらす莫大な恩恵を侮ってはならない。とにかく、実践だ。

★★★実践★★★

一日一善を、毎日、本当にやってみる

これは、この連載の実践の中でも、とりわけ特殊な実践であるはずだ。何しろその恩恵はその日に来るかも知れず、3年後に来るか、とにかくいつ来るか解らないし、(自分次第、考え方次第では)返って来ないかも知れない。

そしてその大きさも肉眼では見えないくらい小さいものかも知れないし、一生にかかわる莫大な富(物質的なものであれ、そうでないものであれ)かも知れない。何がどうなるかは大自然の法則によって解らないが、色々なカタチとなり、それは自分に返って来るのだ(らしい)。

ただし、この実践の目的は、あくまでこの恩恵ではない。重要なポイントとなるのは、この一日一善をする事により、そういった“善い”人格を創りあげられることにある。

くどい様だが、やはり一つだけ注意しなければならない点がある。それは善行をした時、恩に着せるような態度や言葉、皮肉っぽくならないこと、そして見返りを求めてはならない事、これらに注意する事である。

いやこれは改めて注意してみるべき点だ。自分がそうゆうつもりではなくとも人はそう受け取ってしまいがちな、ある種“癖”と言ってもいいものを自分が持っていまいか、今一度考えてみる。本人に悪気がなくても、他人に誤解されて損をしている人がこの世にはいる。

後は、これについては話しようがない。実践しなければ何も始まらないし、何がどうなるわけでもないからだ。自分に改めて、規律を設けてみる。