おもしろき こともなき世を おもしろく

  1. 粋華志義
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人の議論を交わす4つのポイントとは

かの坂本龍馬も言う、

「よほどの事がない限り、ボクは議論はやらん」

 

デール・カーネギーも言う、

「議論に勝っても敗者には恨みやくやしさが残るだけだ」

 

これが本当だというのなら、人に議論をふっかけられた時には、どうしたら良いのだろう?人間生きていれば、こんな経験があるものだ。

  • 理不尽なことを言われた時
  • 2つも3つも筋違いの事を言われた時
  • バカにされた時
  • 偉そうに頭ごなしに批判された時
  • 自分の事を棚に上げといて文句を言われた時
  • 失礼極まりない事を言われた時

内容はそれぞれでも、これらのような状況だと、つい反論してしまいたくなる。これが、酒とか入っていてしつこいと余計にタチ悪い。こちらが交わしてもしつこく絡んでくる。

議論は大抵の場合、不毛だ。議論は政治屋のやることで、一般人には100のうち99は必要のないものだ。何故なら議論に勝ったところでそのケンカには勝っていない。正論でもって相手を論破しても、それは益々相手の主張を強めることにしかならないからだ。

しょうゆラーメンが美味しいという人と、味噌ラーメンが美味しいという人が議論しても仕方がないことと同じこと。思考が異なるのだから、そんな相手と議論をしても平行線をたどるばかりだ。もう一度、言う。議論をすれば相手はムキになり、意地になって反論をしてくるでしょう。それが、人間の性質だからです。

今回は、そんな議論屋に人生におけるもっとも貴重な財産 “時間” を無駄にされない方法、議論を交わす4つのポイントを紹介されたい。

その1 言いたい人には言わせておけばいい、放置しておけばいい

議論をふっかけてくる議論屋は往々にして、(議論の内容が)レベルの低い人が多い。人は年齢をとるにつれて愚痴っぽくなる傾向があり、この加齢による方も、恐れずに言うと、多い。こういう人達と議論をするということは、自分もそのレベルまで堕落してしまうということをまず心がける。相手の理不尽につい感情的になって反論すれば、その光景をハタから見るとどうだろう?どっちもどっちだ。スマートな人はやかましいだけの議論屋は、相手にしない。何故相手にしないのか?その事自体がスマートではないし、なにしろ自分の時間がもったいないからだ。

それから、もう一つの真実は、「文句を言う人は、誰に対しても、何に対しても文句をいう」ということだ。これは、その要因が文句を言われる対象の人間によるものではなく、言う人の思考パターンから来るものだと考える場合のことである。つまり、文句を言う人の思考パターンがすでにそうなっており、文句や批判が脳から生成されることが習慣となっている・・という私の見解。ただ、これが本当だとすると、誰にでも文句や議論をふっかける人に時間を費やすのは愚の骨頂だ。何故なら、その人は誰でも批判したがる。誰でも、ということは、他の多くの人にとっては、或いは一般的に見ても取るに足らない、批判される所以などないことも往々にしてあるからだ。

さらにいうと、「言いたい人には言わせておけばいい」ということ。今日では、人にいわせておいても命を落とすことは滅多にない。むしろ、いちいちくだらないことで感情的なり議論屋の相手をしていたら、やがて揚げ足を取られ、それこそ自分の活動において命取りになりかねない。言いたい人には存分に言わせてあげる、それを一段上の位置から、右の耳から左の耳にそのまま聞き流すような大きな器が必要、議論屋は相手にしない、眼中にいれないことが肝要だ。

その2 嘘でもいいから相手を認める

言いたい人には言わせておけばいいのだけど、こちらとしては、早くその人との会話を終わらせたい。自分の貴重な時間を確保するためにも、一秒でも早くその不毛な会話から脱出したい。そんな時の攻略法はカンタンだ。相手を認めることである。

嘘でもいい。腸煮えくり返っていたとしても、それを表に出してはならない。あなたの言う通りだ、たしかにそうだ、と相手を認めてしまえば、その議論は終わる。

また、時には謝罪を要求される場面、もしくは謝罪をしなければその場を終わらせることができない状況もあるかもしれない。一概には言えないが、謝罪することでデメリットがない場合はさっさと謝罪なりして(心を込める必要は必ずしもない)、その不毛な環境から脱出することも時には必要だ。

いずれにしてもプライドなんかは捨てでも、議論はするべきではない。プライドよりも時間の方がよっぽど貴重でかけがえのないものだからだ。

その3 言葉を交わす

相手にしない、といっても現実な話、無視することはむずかしい。そこで、適当な相槌をいくつか紹介する。

  • 「うん(はい)」
  • 「へぇ」
  • 「そうだね」
  • 「なるほど」
  • 「まじで(ほんとに)!?」
  • 「それは大変だったね」
  • 「あなたの言うとおりだ」

これで、大抵は交わせる。

では、何か意見を求められた時はどうか。これも、当たり障りのない一般的な回答をしておく、もしくは、「その事については無知なので」とでも言って、発言をしない。いずれにしても、ひと言で終わるような中立的な発言で済ましてしまう。議論が2つに別れた場合、その左右に偏らない、どちら側とでも取れるような曖昧な発言が望ましい。これは、すぐにでも慣れることなので、特に懸念すべきことでもない。はじめのうちは、毎日自分で反省会をしてみるのもいい。今日の自分の発言はどうだったか?もっと適当な言い回しはなかったか?

その4 相手の“気”を抜く

これは、歴史上で言えば、豊臣秀吉や勝海舟、坂本龍馬などが天性で用いていた常套手段だ。いずれも、これがなければそれぞれの偉業は成し得なかったことは火を見るよりも明らかだ。

具体的にはまず、相手の話を折る、などはすぐにでもできる初歩的な気の抜き方法。話の途中でもよおしたフリをしてトイレにいく、とか、感嘆符を用いた別の話題を持ち込み「あっ、すいません、私これには目がなくて・・」とつけ加えたり、可能であれば事前に携帯のアラームをセットしておいて電話で出たフリして退出する、などさまざまな方法があるので、是非お試しを。

相手の気を抜く奥義としては、今のところ仮病を使うのがもっとも効果的だ。これは、即効性もあるし、計画性にも富んでいる。つまり、ドタキャンもでき、その人との無駄な時間をもハナッから回避できるというもの。遠い昔の武将から今日の外交手段としてでも、広く、そして長く使われている手段で、実はもっとも絶大な威力を発揮する。

ここでひとつ補足がある。医者は患者が具合が悪いといった場合、それを否定できない、ということだ。何故なら具合が悪いのは患者本人で、他人である医者が異常なしといったところで、それはその医者の範囲内を超えることはない。つまり、その医者、もしくはその病院のレベルでは解明できなかった、ということだ。実際にその病院では手に負えなくて、他の病院を紹介されるケースは現実の世界で多々起きている。要は、仮病だと診断する手立ては世の中にはない、ということだ。

というのはあくまで補足であり、話を元に戻すと、実は相手に仮病だとわかっても一向にかまわない。要は、この仮病を使えば相手の“気”を抜かすことはできるので、そこがポイントなのである。

この際、「仮病ばかりを使い、その人との関係が壊れたらどうするのか?」という愚問は止めよう。壊れたら、それまでの話だ。世の中には、100人いたら100人に好かれようとする人が意外といるようだが、そもそもそういうドリーマーには今回のテーマには合わないし、今回の趣旨とは異なってくるので割愛されたい。

まとめ

以上、4つのポイントでしたがいかがでしょうか?

議論を避けることにより、相手の名誉を奪うことなく、自分の時間を守ることもできます。これが習慣となると、議論をする人としない人との間では、そのうちにそれぞれの人生に異なる結果、雲泥の差が出てくることは疑いのない話だ。それが何故かは、もはや言うに及ばない。

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